董海川 八卦掌 変幻自在のカンフーを編み出した宮中の警護隊長

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董海川 八卦掌 変幻自在のカンフーを編み出した宮中の警護隊長

不思議な花と女性

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変幻自在のカンフーを編み出した宮中の警護隊長

清朝の名門皇族、粛親王はカンフーを好み、つねに各地から武術家を北京の宮中に招いて、彼らの演武を見ることを楽しみとしていた。

そして、優れた武術家を見つけると宮中にとどめ護衛にあたらせたり、みずからも学んだりしていた。

ある日のこと、お気に入りの武術家を一堂にあつめて、宮中で演武会が催された。
王が係りのものに茶を命じたときのことだった。

司茶役(茶の当番)の男がさっそく茶を運ぼうとしたが、王のまわりには幾重にも人だかりができていて、とても中に入れそうも無い。

そこで、やむなく男は会場の裏側にまわり、ひらりと塀を飛び越えて、王に茶を届けた。
その様子を見て、目を開いたのは王であった。

王はその男のただならぬ跳躍をいぶかり、「その方、さてはカンフーの心得があるな。ならば、ここでやってみせよ」と命じた。

そこで男はカンフーの演武をはじめたが、そのカンフーは変幻自在、行く雲のごとく流れる水のごとく、滔々として絶えることが無く回転したかと思うと、たちまち身をかわして低くなる、じつに神妙不可思議なものだった。

王をはじめとする見物の面々は、ただ圧倒されるばかりで、こぞって男のカンフーに感嘆した。

この男こそが八卦掌の開祖、董海川である。

この騒ぎに、心中おだやかでない夫婦がいた。
護院(宮中の警護役)の総官であった沙とその妻である。

メンツを汚されたと思った沙は、董海川に試合を申し入れ、王も即座に許可した。
だが何度交えても、沙は董海川に勝つことが出来ず、千変万化の八卦掌には歯が立たなかった。

これにより、沙は総官の地位を免じられ、代わりに董海川が護院の長についたという。

超人的な俊敏さを誇る

やがて董海川のもとには、その教えを受けようと多くの弟子が集まるようになった。

ある日、董海川が部屋で坐禅をしていたとき、大雨が降って壁の一部が崩れ落ちた。

董海川は目を閉じたまま壁に背を向けていたが、そばにいた弟子のひとりが気がついて目を師のほうに向けると、そこに人の姿がない。

驚いてあたりを見まわすと、そばのイスの上に、董海川が服にほこりひとつつけず、あぐらをかいたまま座っていた。

またある日、董海川が昼寝をしていたときのこと。
気を利かせた弟子が、掛け布団を師のからだにかぶせようとした。

ところが、気がついてみると寝床はからで、董海川の姿が見当たらない。
弟子があわてて見まわすと、窓際のイスに董海川が腰掛けていた。

そして弟子にこういった。

「なぜ声もかけないで、わたしをおどかそうとするのかね。」

いずれも、董海川の超人的な敏捷さを伝えるエピソードである。

introduction

董海川(1813-1882)。河北省文安県朱家烏出身。
諸国を遍歴し、異人からカンフーの秘伝を授けられたといわれる。
のちに宮中に仕え、すべての技法を開手(掌)で行う八卦掌を編み出した。

董海川 まとめ

視線で姿勢美人に

  • 清朝皇族の粛親王に見初められた
  • 腕前をかわれて宮中警護役の長になる
  • 八卦掌は流水のように滔々と絶えることが無く回転したり低くなったり神妙なものと思われた
  • 董海川の弟子たちは師の神秘的なエピソードに何度も立ち会う

董海川自体、出自や先生もわからない不思議なひとです。
八卦掌も不思議な動きをするカンフーですね。
やっていて思うのですが、色んなカンフーをやりましたが八卦掌が一番難しかったです。

カンフーフィットネス補足

  • 当サイトでは、「カンフー」と「武術」「太極拳」などを同じ意味で使用しています。
  • カンフーフィットネス「スタジオ・タフ」では、このカンフーのクラスはありません。
  • 現在、カンフー気功、仙道気功クラスの開講準備中です。
  • 当スタジオでは、宗教的あるいは類する行為は行っておりません。
  • 当スタジオは、カンフーを「フィットネス」(健康医科学)としてお伝えしております。
  • カンフーや気功に関する疑問点などがあればお問い合わせください。
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