食鶴拳の三才 武術における「法」

シェアする

女性のカンフー


» 白鶴門食鶴拳のTOPページへ

南派少林拳 秘拳 食鶴門白鶴拳:第2章 食鶴拳基礎編 3.食鶴拳の三才 武術における「法」

スポンサーリンク
広告336

第2章 食鶴拳基礎編

3.食鶴拳の三才

5 武術における「法」1

中国武術のあらゆる技法をすべて「法」といい表しています。武術の「形」と「功」の結晶が「法」ということになります。この「法」に関連して、私が日ごろから少しおかしいと思っていることがあります。それは「ある人は天下無敵で、向かうところ敵なしだ」とか「最強の功夫だ」というようなことを聞いたり、読んだりするのですが、私にはこの意味がよくわからないのです。私は、いったい何が「天下無敵」なのか、いったいどういうものに対して「向かうところ敵なし」なのかが問題だと思います。この世に「無敵の武術」などありえないからです。

中国の武術には、こういう警句があります。「強中自有強中手」これは、「強い人の中には、もっと強い人もいてきりがない」ことを意味しているのです。山の向こうには、また山がある…。文学でも武学でも、「これで終わり」ということはないはずです。

武術にかぎらず他の分野でも言えることですが、「練至老・学至老」といって、訓練を続けて老年に至る、しかし、訓練や学習は一生続けてやめないという気持ちがいちばん大切なのです。

さて、「法」の話にもどりましょう。中国の功夫は、その外観を見ただけでは真の実力はなかなか見抜けないものです。「形」は立派だし、「功」もいかにもありそうで強く見える、しかし、いざ相手と手を合わせてみると、一つとして技術が使えないという人がたくさんいます。これは一体なぜでしょうか? 答えは簡単。「法」がないからです。功夫には「形・功・法」の三要素が必要なのです。つまり、この三つがそろわないと、武術としての成功はとても望めないことになります。

外国人が中国武術に対して神秘的に感じたりするのは、すべてこの「形・功・法」の三つが一体となって表れるからなのです。「形・功・法」の一致により起こる技法の結果が「神秘的」に見えるわけです。

この3要素の中の「形・功」は比較的得やすいのに、なぜ「法」だけが得がたいのでしょうか。私は、新聞や雑誌などで各種の武術の宣伝広告をみますが、それらの広告のほとんどが「短期間(約3ヶ月から半年ぐらい)で強くなれる」とか「この本に書いてある通りに訓練すれば奥義に達することができる」と書いてあります。はっきりいって、これらの言葉はまったくの嘘です。このような広告や本は中国の功夫を正しく学ぼうとする人々の心を惑わせ、まちがった道を歩ませるものであると思います。


» 白鶴門食鶴拳のTOPページへ

カンフーフィットネス補足

  • 当サイトでは、「カンフー」と「武術」「太極拳」などを同じ意味で使用しています。
  • カンフーフィットネス「スタジオ・タフ」では、運動生理学をはじめ健康医科学に基いて指導しています。
  • 当スタジオは、カンフーを「フィットネス」としてお伝えしております。
  • NSCA-CPT、健康運動実践指導者の合格者がカンフー指導にあたっています。
  • カンフーに限らず疑問点などがあればお問い合わせください。
スポンサーリンク
広告336
広告336

シェアする

フォローする

コメントの入力は終了しました。